「2025年の未来に託す1GOAL&1ACTION」。今回は医療機関が中心となり、西淀川区、大学、企業が一丸で、ハッピー×ヘルシーなまちづくりをめざす「TEAM EXPO 2025」プログラム/共創チャレンジ「イネーブリングシティー西淀川プロジェクト」を取材。にじくじらチームの目標、続ける・つながる「サス活」を探ります。
ライター 腰塚安菜
チームの1ゴール:
病院を中心とした幸福(Happy)と健康(Health)が
両立するまちづくり。
「イネーブリングシティー西淀川区プロジェクト」は、千船病院を中心とした多様な顔ぶれが参加する「にじくじらチーム」の共創チャレンジ。「くじら」の形をした大阪・西淀川区のシンボルに、多様性のモチーフでもある「虹」で、今年9月に創刊した千船病院の広報誌『虹くじら』とも連動するチーム名だ。
プロジェクトの中心存在である病院と西淀川区の連携のいきさつに、千船病院 中山健太郎 事務部長から西淀川区 中島政人区長へ「病院も積極的にまちづくりに関わりたい」という提案があったという。
「病気をどう防いでいくかを思案している際『区民の生活の場へ病院がもっと参画するべきだ』と考えた。病気に無意識な状態だと(病気を)初期段階で見つけられず、病院に来た時には手遅れとなってしまうことも。区民の病院、病気に対するリテラシーを高める狙いもあった」。そう話すのは千船病院職員で、現在は横浜市立大学との共同研究員として出向中の村田尚寛さん(リハビリテーション科 科長)。
区民参加型の企画やイベントに積極的に関わるようになったのは「TEAM EXPO 2025」プログラム/共創チャレンジへ登録した2021年から2022年にかけて。村田さんは「まずは、病院として、区主導のイベントに何も参加できていなかった状態から『区民まつり』や『健康いきいき展』などのイベントなどに積極的に参加することを目指した。」と話した。取材が行われた12月初旬の週末には、病院前広場での「福ハッピーフェスタ」を開催。現在は、病院主催でイベントを実施するまでに発展した。
写真も見せてもらったが、子どもたちがステージに立つコンサートや、企業ブースのヘルスチェックなどに区民が集い、広場の賑わいが伝わってきた。イベント(福ハッピーフェスタ)は、大阪市西淀川区の「魅力発信サポーター」や福駅周辺活性化協議会、福駅周辺を盛り上げ隊、あおぞら財団、地域住民協力によって、病院のスタッフだけでなく「みんなの力」で作られている。
■生活の場に医療機関が積極的に出ていく。協働企業がサポート
千船病院が地域に出るサポートをしているのが、協働する企業、からだポータル株式会社や大成建設株式会社の存在でもある。
先述の健康イベントでの測定結果や健診結果から、生活者の健康データの管理、医療機関への提供などを行っているからだポータル社。同社の代表取締役で、千船病院の前任の事務部長だった井内伸一さんの「医療のリソースを使って地域の方々の健康を守りたい」という思いが、千船病院とのコラボへ引き継がれた。
一方、大成建設社は、横浜市立大学、他社と協働開発したウォーキング・WEBアプリの展開で協力している。これは、ユーザーが街を歩きながらスマートフォンのカメラで撮影し、幸福や健康に関する主観的な感情について、そう感じた対象物の写真を投稿し、地図に「ハッピー」や「ヘルシー」のピンを刺していくもので、横浜市内や西淀川区ではウォーキングイベントとして実施されている。
「(イネーブリングシティウォーク・WEBアプリで)「西淀川イネーブリングWalk!」というイベントを、2022年は区内で5回開催。まだ検証段階ではあるが、データの収集やプロットで『ハッピー/アンハッピーな要素が多い場所』を可視化し、アンハッピーな場所をどうやってハッピーにできるか?を探るワークショップ開催などを検討している。(自分の専門領域である)リハビリの観点からも、地域の方々がこのアプリを使い、街歩きで健康増進に繋げることができたら」と村田さん。
デジタルを活用した区民と健康との接点づくりが新鮮に映り「病気を治す」「患者を治療する」といった自分が病院へ持っている固定的な役割観が拡張し、塗り替えられていくようだった。
■ウェルビーイングをまちづくりへ。「イネーブリングシティー」とは何か
「幸福と健康が両立するまちづくり」を目指すにあたって、チームは「イネ―ブリングシティー」という概念を用いている。
これは、聞き慣れないという読者の方も多いだろう。筆者もそんな一人だったため、千船病院と共同研究契約を結ぶ横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター(以下YCU-CDC)の考え方を助教の西井正造さんに解説してもらった。
西井さんはヘルス×ハピネス指標の4象限(下図)や、4象限にOECD各国をプロットし、各国や日本がどの位置づけにあるかを示した図を用いて「イネ―ブリング」の概念を紐解いてくれた。
これによると、ウェルビーイングは「ハッピー」と「ヘルシー」因子の掛け合わせで決まり、それを最大化することが目標となる。
「『ハッピー』かつ『ヘルシー』な状態を可能にする因子(イネ―ブリングファクター)を街の色々なところに埋め込んで増やしていくことを、これからの医学研究でも目指すべきではないか。これがYCU-CDCの「イネ―ブリングシティー」の考え方です。病院でも『ヘルス』だけでなく『ハッピー』にも貢献できるような取り組みをしていきたい。」と、村田さんから補足があった。
YCU-CDCでは、アーティストやクリエイターなどのアートの担い手との協働・共創で、街の階段などの公共空間のデザインやデジタルを活用したデザイン実装でまちに「イネ―ブリングファクター」を増やす試みにより、様々な自治体で実証実験を行ってきた。
パンデミック流行以降、希薄化したと思える、身近な存在のはずの隣近所や同僚とのつながり。そんな中で自分自身の『ハッピー』×『ヘルス』の因子は、所属する会社は、そして住んでいる自治体の今の状態はどうなっているだろうかと考え直すきっかけともなった。
■幸せになったら、勝手に健康になっていた。「ストリートメディカル」の考え方
デザインの力でイネ―ブリングシティー化に取り組むYCU-CDCの理論で、「ウェルビーイング」がより具体的になった。病院主役に一人一人の「ハッピー」で「ヘルシー」な状態を最大化する試みで、「イネ―ブリングな状態」を目指すにあたり、医療×デザインの力ができることとは。その可能性を探る中で、シンボリックに映った事例について紐解いていきたい。
千船病院は、先述した横浜市立大学との共同研究契約で「Street Medical®(ストリートメディカル)」の実証実験を進めている。
これはYCU-CDCの武部貴則センター長が提唱する概念で「人として本来的に在りたい状態を追求するため、今までの概念に捕らわれない新たな医療」と定義され、文学やデザイン、アートやゲームまでもが「新たな医療」に含まれるという。
ゲームを例に「『ゲームを楽しんでいたら、知らず知らず歩き回っていて、結果的に健康につながることをしていた」というのも、ストリートメディカルの視点の一つ」と解説されれば、読者にもわかりやすい理論だろう。
病院が治療を受ける場で在るだけでなく、患者が「ハッピー」を感じる場所にもなるように、千船病院では院内にデザインやアートの展示も増やす試みを行っているそうだ。
イネ―ブリングシティーもまた、様々な健康づくり・まちづくりのプレイヤーが集結した「みんなの力」によって実現するもの。共創によるデザインがまちを彩り、活気を与えていく様子がイメージ出来、自分も企業人の一人として何らか貢献できる余地があるのでは、と意欲が湧いた。今後は近隣の専門学校や大学など、若い視点や力も取り入れながらの企画も進行中というので楽しみだ。
にじくじらチームのモデルが他の自治体にも広がれば、日本中にイネ―ブリングシティーが広がっていくのではないだろうか。
にじくじらチームからの続ける・つながるアクション提案:
区を実践の場に「産学官民連携」のまちづくりを進めよう。
取材の最後に、中島区長はチームの1ゴール「健康と幸福が両立するまちづくり」の一歩先へ踏み込んで「区の究極のゴール」についてふれられた。
「『ウェルビーイング』なまちづくりを通じて、区の人口を維持し、増やしていく良い循環が出来たらとも考えている。(区長に就任する前に)民間の出身として約30年、まちづくりと向き合ってきた経緯で、活気ある街、人口の増えるまちづくりに関心を持ち続けてきた。」
コロナの流行を契機に千船病院に相談し、対話をしたことで「病院経営の観点からもウェルビーイングを通じて人口の増える街にしたい」という病院の思いが、区と同じ方向を向いていると確認できたという。
「区では現在『ウェルビーイング西淀川』というチームを作って官民連携で動いているが、その中心的な役割を担っているのが千船病院。これからは民間の方にも積極的に入ってもらい、官民連携のみならず『民民連携』で、西淀川区の魅力発信や人口増加につなげる計画をしている。」
千船病院 中山事務局長も「病院としても『存在意義が問われている』今だからこそ地域から認められることがますます重要となっている中で、地域との『共創』の機運が高まりつつある。今回の『TEAM EXPO 2025』プログラム/共創チャレンジへの登録をきっかけに、プロジェクトをもっと盛り上げていけたら」と強調し、締めくくった。
2025年という先を見据えた「サス活」の可能性については、村田さんから下記のような意見があった。
「病院単独ではどうしても「もっと歩きましょう」「食事を変えましょう」といった『健康』に導くだけの具体的アドバイスとなってしまうため、外部の様々な方からのアイデアや知識を求めている。企業からの『こうしたアクションを促せる』といった提案で、次のチャレンジをする姿勢をとっていきたい。」
にじくじらチームの共創チャレンジは「病院から真っ先に手を上げ、積極的にまちづくりを」という千船病院の病院らしからぬユニークネスが共感を集め、様々な力を持ったアクション主体を引き寄せている。病院を中心に「みんな」で手を繋ぎ、西淀川区にパワーを与えていると感じられた。
昨今の医療現場に関するニュースからも、医療従事者の「本業」の状態は常にひっ迫しており、病院だけで進めるプロジェクトが容易ではないということは、読者にも想像できるだろう。とりわけ「生活の場に医療機関が積極的に出ていくことで、市民の健康を未然に守ること(未病の防止)にもつながる」という部分に共感した。
医療機関起点の健康づくり、まちづくりが「ハピネスドリブン」であることは確かに重要と納得できる。だからこそ、病院単独ではなく、キーワードは「みんな」である。
次に自分が出来ることとしては、実際に西淀川区のまちを訪れ、イベント現場を見に行き、まちづくりの担い手「みんな」の輪に参画してみたいと思う。
ちなみに、広報誌『虹くじら』によると、大阪で最も分娩数が多く、大阪府で最多数の「未受診妊婦」を受け入れているのも千船病院だそうだ。ハピネスドリブンな医療機関から、ハッピーでヘルシーな子どもが生まれる。西淀川区の未来像にワクワクした。
取材にご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
にじくじらチームの共創チャレンジ「イネーブリングシティー西淀川区プロジェクト」はこちら
https://team.expo2025.or.jp/ja/challenge/785