今から300年以上前の江戸時代の大坂(その頃「坂」の文字を使用)は、「天下の台所」と呼ばれるほどの食の物流の中心だった。各藩が大坂に蔵屋敷の拠点を置いた事により、日本全国の特産物が大坂に集められて、そこから全国各地に送られていました。
数ある特産品の一つに昆布があり、遠くは、北海道で採れた昆布を北前船の交易船によって日本海をルートに大坂へ、大坂から東京へ菱垣廻船が運ばれ、昆布加工業が盛んに行われるようになりました。(昆布ロードとも呼ばれていました)
昆布に、九州や土佐などで揚がる鰹を加工した鰹ぶしと出会い、昆布のグルタミン酸と鰹ぶしのイノシン酸の異なる旨みが合わさると更に旨みを増すことがわかり広まっていき、大阪の「だし文化」が始まった。江戸時代、関西にたくさんの昆布屋さんがあり賑やかでしたが、今では減少しました。大阪の食を取り巻く環境も変わってきて、大阪が「だし文化」の町である事も忘れられつつあります。その衰退する大阪のだし文化の元気を取り戻し、新たな価値を創り、後世へ繋げていくために活動をしています。
大阪生まれ大阪育ちの84才のスミばあちゃんが子や孫に安心で美味しいものを作り続けた大阪だしが地元で、評判になり商品化された「スミばあちゃんの大阪だし」です。
九州産の鰹と北海道産の羅臼昆布の合わせだしで、うま味と甘みのある大阪だしは、薄めて使ってもよし、そのままでもよし、お酢やオリーブオイルなどに混ぜてもよし、で、あら不思議!少し垂らすだけで味がまとまります。今回、その昆布生地を使ってポーチを作りました。
まるで、本物の昆布のようなポーチです。昆布巻きタイプですので、底は少し隙間がありますが、
何に使うかはアイデア次第です。是非、いかがですか。
スミばあちゃんの大阪だし
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